車いすカスタマイズ

 11, 2017 11:20
今、ケイが乗っている車いすが7年以上前に作ったものなんですが、すでに数年前から少しずつ体に合わなくなってきていたのと車いすのフレームに少々ガタがでてきたのと、前輪に亀裂が生じたのをきっかけに、修理や部品交換などを行うことになりまして、少し前から工房さんに見ていただいています。


こういう作業を見学していると、つくづく、「あぁ、プロの仕事だなぁ」と実感します。

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上の写真のように今は3Dで画像が出てきたりしますし、その通り作り出すこともできるのでしょうし、そうしているところも今はたくさんあると思いますが、それをもとにしながら、手作業で進めていく工程が、実に「職人」ぽくてわたしは個人的に好きです。

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しかし、こういうのを見ると、あぁ、ホント側弯が進んでしまって、体が辛そうだなぁ。と思いますね。

体を維持することと、QOLを考えることは、当時のわたしたちにはとても難しいことでしたが、今もそうなんでしょうか。
医学も日進月歩で、いろんな考え方が新しくなったりしてますからね、今のお子さんたちはもう少し良い提案がされているのかなぁ。

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アイデアと積み重ねられたノウハウで、ここはこうしたら・・・と、どんどん形が決まっていきます。

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一番のお楽しみのゲームがうまくできるよう、なるべく疲れが少ないよう、試行錯誤です。


最初、首が苦しかったようで、眉間にしわをよせて「苦しい苦しい!!」と言っていましたが、工房さんがシュシュシュと削ったり形を整えたりしてピッタリに!
その位置にはまったときの表情はすごかったです。
「いいね!!!」と即座に言うケイは、本当に嬉しそうでした。

すごいなぁ。

8月末には入院が控えているので、それまでに・・・・修理終わるかな・・・?(笑)

このお盆の時期とか休みの時期は工房さんがとってもお忙しいらしく、「プレッシャーに負けないようにがんばります」と言ってくださいました(笑)

まぁ、もちろん修理やカスタマイズが終われば嬉しいですが、無理をされて倒れてしまっても、頼りにしているみんなが困ってしまうので、無理のないようにお願いしたいと思います^-^


しかし本当に楽しみ!


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困りごと

 06, 2017 13:48
随分前、ケイのネガティブトークがやまなくて、すごく精神が疲弊したことがある話を書いたと思います。
その時は感情が爆発してしまって、ケイを怒鳴って自分自身も大泣きした記憶があります。

これは言葉にするとすごく難しいところがあって、なかなか人に伝わらない。
その伝わらなさも、自分の感情をうまくなだめられない原因のひとつであるとは思うんですが・・・。


ケイからすれば、体を自由に動かすことが出来ないということは、たぶん、わたしが想像する以上に大きなストレスであることは間違いなくて、ケイは常にそのストレスにさらされているんだと思えば、多少のことは目をつぶるべきなんだと、それはよくわかっているつもりなんですが、そううまくはかどらないのが日常と言うやつで。

それでもそのストレスを考えて、何とかしてあげようと思うこともあれば、それは譲れないと言うこともあり、そこまでいかなくてもちょっと我慢してほしいと思うことも多々あって、そのたびケイのストレスは積み重なって行って、そのストレスを発散する手口もほとんどなく、自分の感情をコントロールするすべもまだ未発達で、どうしてよいかわからない末、嫌なことを言い続けたり、し続けたり、いわゆる駄々をこねる行為をするんですよね。

頭ではその成り立ちがわかるんです。

だけどそれが、何時間も続くと、どんどん、どんどん疲れて行って、出るのは深いため息ばかりで、「なんか、ひとりになりたいな・・・」とか、漠然と思ったりするわけです。

ネガティブトークっていうのは、例えば、「DS捨てる!」とか「入院する!」とか、わたしたちはちっとも困らないけど、あなた本人が困るのでは?と言うようなことを言い続けたりする、ちょっとよその人でも分かりやすい言動と、「はっはっはっ」と笑う言葉を発したり、「倍返しだ!」などの強めの口調のセリフを言ったり、ヘルパーさんの声色や口調をまねてみたりする、よその人には何がネガティブなのか大変わかりづらい言動があります。
まぁ、要は、自分は不機嫌である。と言うことをアピールし続けるわけですね。



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うちの黒猫ニケはわたしが落ち込んでいると必ずそばに来てくれるのです。


そのネガティブトークで物凄く困っていた頃に、わたしは鬱があってカウンセリングに通っていたんですけど、その時のカウンセラーが「どうして息子さんは、そういうことを言うのか聞いたことあります?」とわたしに尋ねたことがあって、そういえばどうしてだか聞いたことないなぁと思ったので、次に不機嫌だったとき(それはすぐにやってきましたよ!)「なんで、そういうことを言うの?」と聞いてみたことがあるんですが、その時は、ケイも「まさかそんなことを聞かれると思ってなかった」って感じになって、「え?」としばらく考えて、結局なんて表現したらいいのかわからなかったみたいで、また不機嫌になっちゃったんですけども。

でもまぁ、長い時間をかけて、この2,3年は感情のコントロールをテーマに生活をしているので、「コントロールだよ」と、一言いえば、なんとなくそこで考える時間が発生して感情が治まることも増えてきたので、こうやって少しずつ改善されて行くんだろうなぁと思っていたんですが、彼の精神の発達と一緒にいろんな感情がまた増え始めて、ちょっとこの1年から半年、またネガティブトークが多くなってきました。

それでなんとなく困ったなぁ。と思ってたんですけど、この数年、ちょっとしたことがあって発達障害についていろいろと調べることが多かったんですね。
それで発達障害のサイトなどをよく見るんですけど、そこにケイと同じように自分にとって不利益なことを言う子のことが書かれていて、そのコラムを書いた親御さんは、その状態を「言葉による自傷行為」と言ったんですね。

それがですね、ものすごく腑に落ちたんです。

そこに知的障害やなにかしらの発達的な障害、パーソナリティ障害などが絡み合って、今のケイの状態が出来ているんだ。と。

何ヶ月か前にも書きましたが、知的障害を伴う身体障害の子を持っていると、どうしても身体障害の方に目が行きがちで知的な障害についてほとんどノータッチで来るように思うんです。
「まだ、小さな子」とか「幼稚園くらいの」とか、そのくらいの知的レベルであることは十分承知しているんですが、「小さい子が大人のように知識がないのは当たり前」と言えば言いすぎですが、それに近い感情を持っているような気がする。
と、いうか、わたしはそう。

だから、知的の方面はまったく触れずに生きてきて、愛の手帳も持ってなくて(重度の身体障害だとだいたい1種1級の身体障害者手帳が出るので、福祉方面はこれひとつでカバーできるため)療育はもちろん受けたけど、ちょうど小さい子、幼稚園くらいの子が受けるような教育をその年齢の時に受けていたので(お名前を呼ばれてお返事すると言うようなことから、パズルやシール貼、手遊びなどの幼児教育っぽいこと)何の違和感もなかったし、なんかそのまま体だけが大きくなってしまった。
いつの間にか。

それでここへきて、知的なことや発達的なこと、パーソナリティで躓いてみたけど、いったいどこに相談したらいいのかもわからない。
もう、子どもじゃないから児童相談じゃないだろう、でも、大人でそういう相談窓口ってある?ないよね?それとも児童相談でいいの?
それともカウンセリング?誰の?わたしの?親としての?それとも本人?
いや、でも、病院?じゃぁ一体何科?
と、子育て25年にして、全くわからなくて途方に暮れてみたのでした。



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ステップ

 18, 2017 11:57
昨日は月に一度の診察日でした。

病院のお庭がすごくきれいで、桜もまだ少し残ってて、ケイと散歩をして楽しみました。

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診察中、近頃の様子を先生に尋ねられ、ピーク時は一晩に10回くらいの寝返りの要求があったんですけど、この2,3年少しずつ減って一晩に4回くらいになって、この半年では1回か2回で起きない日もあると伝えて、では日中はどうなのかとの問いに、やはりこの半年ほど、疲れやすくなり、体幹を維持するのが難しい日や、疲れたので「横になる」と言う日が増えた。と言う話をしました。

先生はその話を聞いて、訪問医や訪問看護師がどのくらいの頻度で来ているのかと聞いたんですが、実はうちは、そのどちらも受けていなくて(後で思い出したけど、リハビリの訪問医は月に1度来ていた)そのことを告げると、そういうのはあった方が良いというお話をされて、お父さんやお母さんが倒れたときどうするの?と。
確かに先日そういうことで困ったのは事実で、いつかいつかと思いながら、延ばし延ばしにしていたことも事実で。

さらに、先日ケイが尿路結石がありましたけど、そういう治療もここでは出来ないしとおっしゃるので、なんでだろう?と思ったんですが、一応、ここは子ども専門の病院だからと。
ケイが通っているのは、子ども専門の病院で、難しい病気を持った子なども多く通う病院なんですね。
もともとは、一般的な総合病院だったんですが、ケイが小学校の高学年の頃小児専門の病院になったんです。

ケイは、総合病院の時代からそこに通っていまして、そのまま引き継がれたんですが、当初そこでは子どもの頃から通っている、難しい病気の子たちは大人になっても継続してケアを続けていくという方針で始まりましたので、生涯ここに通うことになるのだろうとわたしたちは思ったし、学校やその先の施設、それから福祉の問題もあって、今いるこ地に根を下ろすことに決めたわけです。
だから近くに家も買ったんだし。

でもやっぱり、当初、想定してたよりもずっと難しい病気の子どもたちが増え、この病院にかかるために遠方から治療、もしくは場合によっては転居する家族も増えて、病院はいっぱいいっぱいになってしまって、少しずつ、大人になった子たちの転院を勧めるようになってきた。
それはそれで仕方がないことだとも思う。
枠は有限で、困っている子どもが待ってるなら、譲らなくちゃとも思う。
大人の医療と子どもの医療って、やっぱり違うものだと思うから。
でもそしたら、ケイみたいな子(年齢は大人だけど、心はまだ子どもで体のつくりも大人というには微妙な子たち)の行く先は?どうなるの?ちゃんとした医療が受けれるところに移れるの?
そしてそれはどこにあるの?何かあったとき、緊急で運ばなきゃいけない時、その病院までどれくらいの時間がかかるの?
間に合うの?
そんな不安があって、なかなか決断できないでいる。
救急車で運ぶくらい、緊急なら診てくれる受け入れてくれるというなら、「それなら」とも思うけど、子ども専門の病院だからと、診てもらえなかった例を知っているので、二の足を踏んでしまう。

先生の真意はわからないけど、今回の受診の時に話したことを聞いて、なんとなく想像するのは、まず、ケイの筋ジストロフィーという病気を前提に、この頃の様子や年齢を思うと、何かあったときの準備をしておいた方が良い、ということと、やはりここは子どもの病院だから、大人の病院に移行していった方が良い、ということなんだろうなと。
とても患者のことを思ってくれる先生なので、ケイの今の状況を見て、そういってくれたのだと思う。

で、先日、ケイの通う施設でも個人面談があって、ケイの体調の話しなどがやはり中心になって、その時、今まで見てきた子や全国的に見てもこの病気と年齢を考えたら、ケイはすごく保てている方だと思うと言われ、確かにその通りでわたしたちもそう思っているのだけど、同時に、客観的に見れていない「親」と言うものを改めて実感することになったことがあって、今回の受診でも全く同じように、わたしたち家族と、客観的に見て感じていることの差を突き付けられて、やはり気持ちは沈んだ。

福山型筋ジストロフィーというケイの病気がわかったころは、この病気の多くは十代で命を落とすと言われていた。
でも、病気自体がわかった歴史も短いので、もしかしたらこの病気であっても他の病気と診断され、もっと長く生きている子もいるかもしれないと思ったし、その可能性は否定しないと当時の医者も言っていたし、中にはレアケースであったとは思うが、30代を迎える人もあったと聞いた。
さらにその当時から医療も介護も進歩したし、もっと適切なケアができるようになったし、だからもしかしたら、もしかしたら、そのレアケースにケイが入っているんじゃないかと思うこともしばしばで、感情は上がったり下がったりするけれども普段はそういうことは無意識のうちに外に置いているようなところがあって、あまり向き合っていないんだと思う。
じゃないと、やっていけないもの。

今朝も、昨日は少し気持ちが重くなっただけだと思っていたら、しっかり体にこたえていたようで、朝から息苦しく動悸と吐き気で結局ダウンしてしまった。
でも、こういうことでいちいちへこたれていられないので、ともかく、何か良い手立てを、先生のアドバイスも取り入れて、良いように進んでいくしかないかなと思う。


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モンハン届いたー

 21, 2017 14:56
何日も前から「18日発売なんだよね!!」と、言い続けていたゲーム。
モンスターハンターダブルクロス。

発売日当日に買えばいいんじゃない?って思ってたら、それはずいぶん甘い考えだったようで、息子と一緒に遊んでくれている「モンハン部」の皆様が、予約を勧めてくれました。
前々日だったんだっけな?もうアマゾンでは発売日には届かないお知らせが、モンハン部のメンバーのもとにきたようで、その屍を乗り越えて、ヨドバシカメラに予約を入れさせていただきました。
無駄にしないですよ!

で、当日はチャイムの音を今か今かと待つ息子。


朝はこないだろう。

お昼も来なかった。

じゃぁ、夕方までには・・・・!


って思ってたらポストに投函してあったよね!
え?これってメール便だったの?
まぁ、いいんだけど(笑)

で、さっそく記念撮影。

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早速初めて見たはいいものの、やっぱり相変わらず蹴っ飛ばされるわ、リタイアされるわでさんざんな目にあっているようですが、そこはそれほどくじけなくなってきた。

でも、飛行機だか船だかに乗りたいらしく、それが出来ないとかで、ものすごく落ち込み、「今日は・・パソコンする・・・」とか「やっぱりドラクエする・・・」とか、いじけモード炸裂。

ネットでいろいろ調べてあげて、こういうクエストをしたらいいみたいよ、とかアドバイスすると、嬉しそうになってそれをやろうとするんだけど、またいつしか不機嫌になっている。
なんでなのかな?一緒にやってくれるひとがみつからないのかな?

わたしがこのゲームをやっていないので、アドバイスも出来ないし、なにがどうなっているのかも全然わからない。
いま、息子がどの状態にあるのかもわからない。
うーん、困ったなぁ・・・。

息子がモンハンを始めたのが1年くらいまえで、いろいろ問題はあったけど、なんとかこなしてきたし、付き合ってくださるお友達の存在もあって、まぁ、なんとかなるかなーって思ってけど、この3日間でこれだけネガティブトークをするのは結構珍しく、親も重い腰を上げるときが来たのかも・・・と。

そう思って夫に言ったら、夫もまっくそう感じていたようで「親が何もしないで、他の人にまかせっきりなのもどうかなって思ってたんだよ」と。
ですよねぇ。

そんなわけで、昔からのネット友達で、以前モンハンをやっていた子がいるから、メールで相談したりしてその結果、3dsとモンハンダブルクロスをぽちっとな!

3dsでゲームやるのって初めてーーーー。

こんな小さい画面で、老眼のわたしがついていけるのかしら・・・、と、不安に駆られつつ、品物が届くのを待っているのでした。


息子は、半分嬉しそうで、ちょっと複雑な顔も見せています(たぶん、うるさいこと言われる予感がしてるんだと思う。そしてその予感はアタリだと思う・・w)


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兄弟のこと

 03, 2017 07:04
この何ヶ月か、ケイと同じ病気のお子さんを持つ親御さんの日記やつぶやきを見て、胸の痛みを感じる。

いくつかテーマはあるんだけど、よく目にするのは、やはり兄弟児の問題だろうか。

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どうしても、障がいを持った子の方に「手間」がかかるのは当然のことなので、兄弟にはそれがストレスのもとになっていることが多々ある。
単純に、自分じゃない方の子(障がいを持った子の方)が、親に可愛がられ愛されているのだと感じるんだと思う。
特に身体障がいがあれば、どこに行くにも抱っこされて、いつまでたってもママやパパ、ヘルパーさんなどから、「あーん」と言ってご飯をたべさせられ、何か小さなことが出来ると、総出で褒めたたえられる。

果たして、自分はそのように扱われているのか?と思っても不思議ではない。
そして、自分はそのように扱われていないと感じ、障がいを持った兄弟に焼きもちをやく。
ここまでは、障がいを持った兄弟だけの問題じゃなく、一般的に下の子が生まれた後の上の子の問題と共通していると思う。

でも、少し年齢が行くと、その障がいを持った兄弟には病気があることがわかる。
自分のように立って歩いたり、もしくはおしゃべりをしたり、もしくはお行儀よく過ごせたりしないことに気づく。
だから、焼きもちをやいたりしてはいけないんじゃないかと思う。
だけど違和感を感じる。
親の関心を引きたくて手がかかる行動をとる子もいるだろう。
だけどそれが得策じゃないことに気づくのにそんなに時間はかからない。
それで、よい子にしていたり、兄弟児に優しくすれば、親や周りの人から褒められることに気づく、結果、自分に関心が寄せられることを学ぶ。

人にやさしくあること。その気持ちはとっても大切にしたい、だけど、本当にそれでいいのか。
まだまだその小さな心で抱え込むには重たいんじゃないの?と、考える。
だから、もっと我が儘でいいよ!と思ってみるものの、「良い子にしていて(手をかけさせないで!)欲しい・・」とも思ってしまう。
親も子も、みんなもう、泣きたい気持ちでいっぱいなんじゃない?

わたしも、娘も、そうだった。
娘は生まれたときからケイがいた。
年子だから双子みたいに育ってきたけど、なんとなく、ケイちゃんの方が可愛がられているんじゃない?という気持ちが、たぶん、ずっと、あったのだと思う。
わたしは、まったく同じように育ててきた「つもり」だったから、娘がそのように思っているとは全く想像すらしていなかった。

でも、数年たったある日、娘が父親に叱られたか何かで、まったく原因も、何もかも覚えていないんだけど、娘がダイニングテーブルの下に潜り込んで、「パパはあたしよりケイちゃんがカワイイんでしょ!」と大きな声で言うのを聞いて、慌てて父親が「そんなことないよ!エイだって同じくらい愛してるよ!」と言ったら、娘が堰を切ったように大きな声で泣き出したことを強く覚えている。

なんか、いろいろ我慢させてきたんだ、って、その時はじめて気づいて。
たぶん、娘が小学校低学年くらいの頃。


それからわたしは、どうしたらいいのかをずっと考えた。
家族や身内に障がい者がいると言っても、「自分が障がい者であること、親が障がい者であること、子どもが障がい者であること、兄弟が障がい者であること」は、みんな、まったく、違う。
そしてそれぞれの気持ちを理解することなんで、たぶん、出来ないんじゃないだろうか。

だからわたしは、買ったばかりのパソコンを使って、障がいを持っている人の兄弟が書いたブログなどを読み漁った。
その中で、「孤立・疎外感」というキーワードが多く目に入った。

あるひとのブログでは、弟さんが障がいを持っていて、喘息発作などもあって、ひとたび発作が出たりすれば親が弟さんを連れて病院へ駆け込み、自分はひとりぼっちで留守番したり、時には祖父母の家に預けられていて、常に疎外感があったということだった。
少し大きくなったある時、その疎外感や孤独を親に打ち明け、長く話し合った結果、親と一緒に弟をサポートしていくということになって、彼の孤独感は癒えたようだった。
それからは、とても強い絆で家族が結ばれているとあって、わたしは、それを少しだけ取り入れることにした。

以前にも書いたことがあるんだけど、ケイの病気が分かったあと、妹がいると知った数人の知人が「女の子で良かったわね」と言ったことがあって、要するに、女の子なら介護の手伝いをするものだという決めつけと寄りかかりがあって、わたしはそれがとてもイヤで、娘に息子の介護なんてさせるもんか!好きなように自由に生きて行って欲しい。と思って、夫にも考えを伝えて夫も賛同してくれたので、そのように育てようと思っていた

だから、そのブログの方のように一緒にサポートするという形にはしなかったけど、どちらかと言えば親サイドに立ってもらって、アイデアを出してもらったり、ちょっとした相談を聞いてもらったりした。
その他は、あまりかかわらなくて良いという姿勢を崩さなかった。
たぶん、数年はうまくいっていたように思う。(と、わたしが感じているだけかも)
でもその後、何年かして娘の問題行動がいくつか現れるようになった。
約束事を破ったり、学校に行かなかったり。
娘が中学、高校時代。

本当にこの時期うちはハチャメチャで、この時期の話しはまだ自分にとって痛すぎて書けないんだけど、いろんなことがあって、しばらくしてからそれが少しずつ落ち着いてきて、それでも娘への悩みは消えなくて。
その時、娘のことを友人に相談したことがあった。
その友人は「前から思っていたんだけど」と言ってから「momeちゃんは、娘ちゃんを大人扱いしすぎるんじゃないかって思ってて」と言った。
思わず、はっとなった。

ハチャメチャだった時期、感情と感情がぶつかるままにわたしたちの家族はひどく荒れていて、苦しい時期が続いていた。
それを超えようとしたとき、どのような態度で臨めばいいのか、どのように家族同士で接しあえばいいのか、何が相手の心に通じるのか、いろんなことを考えて気づいたのは、「娘はもう子どもじゃない」ということだった。
話せば、通じる相手なのだと思ったのだ。

だから、なるべく理路整然と、なるべく感情的にならず、大人として接し、大人としての責任を求めた。

だけど、やっぱりまだ子どもだったのだ。

結果的に、理性的に物事を伝え、相手もそうであることを求めることによって、いやだいやだと駄々をこねることを許さず、逃げ場を作らないで追い詰めた。
「ママは間違ってないから反論できない!」と娘が言ったこともあった。
正しいこと思われることが本当に正しいかわからない。
娘を思ってしてきたつもりのことは、ただたんに、娘を物わかりの良い都合の良い大人に育てようとしていただけだったのかもしれない。
それじゃぁ子どもは辛すぎるわけで・・・。


今、娘はもう「おとな」と言われる年齢になって、いろんなことで少しずつ大人になってきていて。
そうね、親サイドからケイに接することもあれば、子どもサイドからわたしたちに接することもある。
やっとなんとか、普通っぽい親子関係になりつつあるような気がしてる。
いつまでも、親子の関係で言えば、親は親だし子は子だよね。当たり前だけど。
わたしだって、親の前では子どもだもの。
大人になっても、子どもだものね。

子育てなんて失敗の連続で、いっつもうまくいかないことだらけで、どこにも正解が無くて、それなのに、ものすごく重大なことで。
本当に後悔だらけで泣きたくなる。
わたしの時代も、その前の時代も、今のひとたちも、おんなじようにどうしたらいいのかって途方に暮れてる。


だから、今回はわたしの失敗談を聞いてもらいました。


そういうのを、みんな、どんどん踏み越えて行って!



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