寂しい夜

 28, 2012 00:32
いたらいたでうるさいけれど、いなきゃいないでさみしい。

いても、いなくても、毎日、毎時間、毎分想ってしまう。

息子の存在。


何年前だっけ、鬱と診断されたのは。
息子が16歳だったから、4年前か。

診断をされるまで、数年、状態の良くない日々が続いていたから、診断を受ける数年前から鬱だったんだろう。

もともと、家事は得意じゃないし、手抜きだらけだったけど、息子が中学にはいって少ししたくらいから、本格的に家事ができなくなった。

家中ごみにあふれて、モノは散乱して、キッチンは汚れた皿が何枚も重ねられて、料理をつくる状況になかった。

お弁当と買ってきた惣菜で食事を済ます日々。

ちょうどその頃、息子は徐々に体重が増えて行って、わたしではとても満足なケアが出来なくなってきていて、帰りの遅い夫も、もちろん、息子の世話など出来るはずも無く、ヘルパーさんなどのサービスも受けていなかったから、息子は毎晩、深夜の2時、3時に眠る日々で、朝、起きれるはずも無く、学校もやすみがちだった。

息子の頭は、何日もお風呂に入れずに、ベトベトになって、フケが浮いていた。
オムツの状態も最悪で、いつもオムツかぶれで、お尻は真っ赤だった。

そんな息子を見るたびに、何もできない自分を責めて、責めて、責めて。
それでも、誰かに頼ることもせず、何の解決策を模索することもせず、ただ、負の悪循環の中にいた。

あるとき、部屋にいると、息子がわたしを呼んだ。
「ママー」と声が聞こえた途端、わたしは、両耳を押さえて、うずくまって、「呼ばないで!わたしを呼ばないで!声を聞かせないで!」と頭の中で叫んだ。
涙が、ボロボロと零れ落ちていた。

明らかに、わたしは、おかしい。と、思った瞬間だった。

それから、夫に相談したり、いくつかの病院を回って、受診したりカウンセリングを受けたりした。

たいてい、「鬱」もしくは「鬱状態」だと言われ、薬を処方された。
でも、一向に良くなる気配は無く、もらった睡眠薬は効きすぎて、服用すると、翌日も起き上がることが出来ず、何も出来ない日々が続いた。

あるとき、夫と一緒に、評判が良いと聞いた病院を訪れ、神経科を受診した。

今まで通っていたどの病院のドクターよりも、わたしの話をじっくりと聞いてくれたその先生は、息子の介護が、わたしのストレスで大きな位置を占めていると言った。

わたしは、その答えに納得がいかなかった。

いや、納得が行かなかった。ではなく、否定したかった。

わたしは、息子を可愛いと思っており、愛しており、大変なことなど、何もないのです。と。
世話が出来なく、ふがいなく思っていますが、罪悪感を常に抱えていますが、それでも、それでも。と。

そうすると、ドクターは、うんうんとわたしの話をうなづきながら聞いて、そして、静かに言った。
「16年ですよ」と。

16年、毎日、介護を続けてきたんですよ。と。

わたしは、その言葉に、はっとなった。

「育児」だと思っていたそれらは、すでに、育児では無かった。
そして、16年経っていたのだ。

16年。

いつのまに、そんなに月日が経っていたのだろうと。


その診察の後、数年が過ぎて、今、わたしは、「もう、自分は鬱ではない」とはっきりと自覚できる状態にある。

その時期を乗り越えるために、たくさんの時間がいったし、たくさんの、ひとの手があった。
家族、特に夫の支えは、本当に有難かった。

毎晩のように、わたしと夫は、深夜にカフェに出かけた。
わたしは、夫と話をすることが、この世で一番楽しいことなので、たくさん、夫と話をしたかった。

なるべく、家から離れていたかった。

それで、深夜、帰宅後の夫にねだって、カフェに連れ出してもらい、朝までカフェで過ごすこともしばしばあった。
息子も、まだ、そのときは、呼吸器などの必要もなかったので、娘に留守を頼んで出かけることが出来たから。
娘にも、息子にも、感謝しなくてはいけない。

夫は、ふたりきりの旅行も計画してくれて、ふたりで沖縄にも行ってきた。
息子はショートステイと寄宿舎に預け、娘はひとりでお留守番。
そんなこと出来ないと、最初、とても乗り気ではなかったのだけど、無理にでも行くべきだと夫が言って、周りのひとたちも、それは良いことだと後押しをしてくれて、結局いくことになった。

家事も、「育児」も、「介護」もない数日は、結果、わたしをとても休めてくれた。
夫とふたりなのが嬉しくて、毎日、とても楽しかった。

ホテルのベランダに、干した水着が風に吹かれて、それをベッドに横になりながら見ていたら、なぜか、新婚の頃の小さな家を思い出した。

景史はまだ数ヶ月で、家中ミルクの臭いがして、季節は初夏で。
まだ、病気のことも知らず、わたしたちは、とても幸せで。

この幸せが、どうか、永遠に続きますようにと。
祈らずにいられなかった。

あの日を。



そうやって家族や、心配してくれる友達、心を寄せてくれるひとたち、手を貸してくれるひとたちに支えられて、ようやく、乗り越えることが出来た。

パンを焼いたり、料理を考えたり、家を片付けたり、友達やヘルパーさんたちとおしゃべりをしてすごす、当たり前のような日がやってきて、この1年、見違えるように変わったと思う。

それなのに、ここへ来て、何かがまた、わたしの中で、苦しいと言い出しているようだ。

この数週間、息子に対して、イライラすることが増えた。
明らかに、増えた。

息子はよく、突然大きな声をだしたり、ひきずるような鳴き声のような奇声を発するのだけど、それが、どうにも我慢できなくなっている自分がいる。

もともと、大きな声は好きじゃないし、不快に近い「音」なのだけど、いわゆる、「瞬間湯沸かし器」のように、イライラのゲージが、ピン!とフルになる。
爆発、しそうになる。

息子を、たたくことを想像する。

いけない。と、思って、ぎゅっと耐える。

でも、時々、耐え切れず、「いい加減にしなさい!」と息子のお尻や肩をパシンとたたく。

そうして、結局、後悔して、部屋でひとり泣いたり、猫を抱きしめて、「どうか、この暗闇から救い出して」と声に出して、願う。

先日の晩、息子の呼吸器のエラー音がして、「ちょっと、見てきてよ」と夫に言われた。

息子は、パパがいるとき、パパに構って欲しくて、何度も何度も呼んだり、ぐずったりするのだけど、呼吸器のマスクも、口をもごもごを動かして、わざとずらして、エラーを起こさせることがあるのだ。
それがあんまり頻繁なので、夫も少し困っていて、わたしが行けば、怒られるから、息子が静かになるから、わたしに「見てきてよ」と頼むのだ。

わたしは、本当は、そのとき、いやだったけど、怒るのがイヤだったけど、これが何度も続くのもいやで、寝室に向かい、「ちゃんとしなさい」と言いながら、息子の呼吸器のマスクを直していた。

でも、そのとき、息子の頭の位置がどうもよくなくて、空気がどんどん漏れ出して、何度もやり直すはめになった。

わたしは次第にイライラして、そのことによってさらに何度も装着に失敗し、やり直し、を繰り返した。
頭の位置を直しているときに、息子の喉に腕が当たってしまい、ちょうど、喉仏のあたりだったようで、息子が、「げっ」と苦しそうな声をだした。

その声に、びっくりして、すごく慌てて、わるいのはわたしなのに、息子はちっとも悪くないのに、「やめてよ!」といって、息子のおでこをピシャリとたたいた。

それからバタバタと呼吸器を装着し終わって、リビングに戻り、自分のしたことが恐ろしくて、両手で顔を覆ってソファに座っていた夫に、「聞いて・・・」と言って、ここ最近、とても自分がイライラしていることなどを告げた。

息子に、とってもイライラして、他のことは何もそんな風にならないのに、息子にだけイライラするんだと言って、このままでは、虐待してしまうかもしれないと泣いて、今、わたしが、虐待をしないのは、世間体があるからだけな気がする。とも言った。

それから夫と、わたしの感情のあり方の問題だとか、人間の本質の問題だとかを、たくさん話した。

夫は言った「20年だよ」と。

あの時聞いた16年は、それからさらに時が経っていて、もう、20年なんだ。

どれだけあなたが意識していなくとも、あなたはこの20年、自由を奪われてきて、拘束され続けてきた。
それは事実だ。
そして、そのストレスは絶対にあるんだと言った。

言葉にすれば、確かにその通りなのだと思うけど、それでも、わたしの感情が、それを、どうしても否定したがっている。
だってわたしは、やっぱり、息子が大好きで、家族がとても好きで、毎日、幸せだと思っているのに。

愛しているからこその、ストレスもあるんだよ。と、夫はまた言った。

それでも、やっぱり、わたしは、否定したい。

わたしの暗闇は、わたしが持って生まれたもので、それは他の誰のせいでもなくて、わたしが、単純に異常な心を持っているだけなのだと。

そしてわたしは、それをどのように飼いならすべきなのか、どのように対処するべきなのかが分からない。

カウンセリングに行ったほうがいいんだろうか?と聞くと、夫は、それが必要ならそうしてもいいと思うけど。と、言いながら、でもこうやって話してくれるから、大丈夫だと思うよ。とも言った。

その後、わたしはポロをそっと抱きかかえて、まだ眠ってはいない息子の所に行って、ポロと一緒に息子の頭にキスをして、「おやすみ」と言うと、息子は、「さっき、ごめんね」と言った。
息子は、何も悪くないのに。

P1180553.jpg

「ママもごめんね」と言うと、息子が、少し笑って、「あたま、たたいたから?」と言ったので、「その一言が余計なのよ!」と笑いながら言うと、息子も、また、笑った。

ポロを抱きかかえたままリビングに戻り、「この暗闇から、どうかわたしを連れ出してくださいって、いつもポロにお願いするの」と夫に言った。

「ポロは、わたしの、清らかさの象徴なんだと思う」と言うと、夫が「なにそれ?」と聞くので
「ポロといると優しくなれる。もしかしたら、いいひとなんじゃないかって思えるから」と答えると
「でも、本質じゃないだろ?(笑」と笑うので
「わかんないじゃん!これが本質かもしれないじゃん!」と反論すると
「ねぇよ!」と笑った。

ねぇのか。

まぁ・・「ねぇ」けどね。



日々思う。
どうしたら、もっと優しくなれるんだろうと。

もっと、強くなれるんだろうと。


今日は息子が、ショートステイにお泊りで、いない。

とてもとても寂しくて、こんなに恋しいのに。
スポンサーサイト

猿の惑星 ジェネシス

 27, 2012 10:51
昨夜、夫くんと息子と3人で<猿の惑星 ジェネシス>を観ました。

155930_02.jpg


なんていうか・・・。

はじめっから最後まで、なんだか、かわいそうな映画でしたよ・・。

わたしは、映画を観ている間ずーっと、微妙な顔をしていたと思います。

まぁ、そもそも、「実験動物」である猿(チンパンジー)のお話しですしね。
しかも、その「猿」の知能がすごく高くなってしまう。
そのせつなさっていったらもう・・。
<アルジャーノンに花束を>を読んだ時のような感覚。

とりあえず。思ったことは・・。


人間なんて、滅んでしまえばいいのに!

ってことですかね。

そういえばわたし、以前、<もののけ姫>を観たときも、同じ感想抱いたな。


人間は傲慢すぎますよ。


そうそう、この映画、クレジットが出始めても、そこでやめないでくださいね。
大事なシーンが1カット残ってますから。

これが、昔の名作<猿の惑星>に繋がるんですね。

隔離解除

 25, 2012 11:39
我が家のインフルエンザも、ようやく落ち着いてきました。
結局、息子の件は、福祉事務所の方に相談すると、緊急枠の延長をしてくださることになり、水曜日まで預かっていただけることになりました。

その間、息子にちょっと微熱が出たり、喉の痛みを訴えたことなどあり、「移ったか・・?」と心配していましたが、どうやらインフルエンザではなく、ちょっとした風邪による喉の炎症だという結果で一安心。

ショートステイサービスの皆さんには、本当にお世話になりました。

その後も、昨日までは、わたしは息子から隔離状態にあったので、そして夫は仕事で不在だったので、ヘルパーさんに無理を言って食事の介助などにも入っていただき、本当に、本当に、お世話になりました。

普段から思うことですが、うちはもう、ヘルパーさんの手助け無しには、生活が成り立たない。
今回はそれを、また、しみじみ痛感しましたねぇ。

同じように介護をされている方で、ヘルパーさんはまだ・・と、言う方がいましたら、是非、今後のために考えてみるといいと思いますよと、伝えたいです。

実は、こんなことを言っていますが、わたしもサービスを利用する前は、「他人が家の中に入るなんて・・そんなの無理・・」と、ヘルパーさんが来ることを、暫く拒否していたこともありました。
周りの方々は、本当に心配して、「倒れる前に手を打たないと」と言ってくださっていたのですが、どうしても、受け入れることが出来なくて・・・。

でも、やっぱり、とうとう倒れて、どうしようもなくなってしまって、結果、ヘルパーさんをお願いすることになったのですが、もちろん、最初は、緊張するし、なんだか、やっぱり他人が家にいるのはイヤだし、精神的に疲れるし・・で、戸惑いも多々ありましたが、なれるものです!(笑

本当に生活が楽になったし、わたしの精神状態も、確実に良くなりましたし、息子もきちんとケアが行き届いて、結局、いいことだらけでした。
当たって砕けろじゃないけど、何事にもチャレンジだなぁと思います。
何、試してみて、本当に無理だったら、やめればいいだけのことです^-^


まぁ、そんなこんなで、無事、いろんな方の手を借りて、インフルエンザパニックを乗り越えることができました。
本当に感謝です。



話は変わりますが。

隔離生活があんまりヒマなので、アマゾンでいくつか漫画を購入して、部屋で読みふけっていました。

買った漫画は
①脳内ポイズンベリー 水城せとな(著)
poi01.jpg

先日、同じ著者の<失恋ショコラティエ>と言う漫画を買ったんですが、それが結構面白くて、著者買いしました。
この<脳内ポイズンベリー>は、アマゾンの本の紹介によりますと、『櫻井いちこ(29)は、飲み会で会って以来気になっていた男子・早乙女(23)に、偶然遭遇。『話しかける? 話しかけない?』『押してみる? 引いてみる?』いちこの脳内ではめくるめく会議が繰り広げられ――? 怒涛の新感覚ラブ・パニック、開幕! 』ということらしいです。

つまり、この、脳内会議が擬人化されているんですね。
すごくポジティブな子がいたり、ネガティブな子がいたり、静観する人がいたり。
誰でも結構、何かに迷ったり決断したりするときに、あれやこれや脳内で考えて、意見を戦わせるじゃないですか。それが、「あるある・・」と思えて面白いです。

次に買ったのは
②ポヨポヨ観察日記 樹るう(著)
猫の4コマ漫画です。

41a43PPFjtL__SL500_AA300_.jpg

主人公の「ポヨ」という猫が、まんまるでとっても愛らしい!
そして、猫の飼い主との触れ合いが、ほんわかだったり、あるあるだったり。
著者自身も猫を飼っているらしく、巻の終わりに自身の猫とのことが漫画になっているんですが、本当に、猫を愛しているのがわかって、なんとも気持ちがいいです(笑
わたしと、ポロちゃんとのエピソードと同じものもあったりして、ニヤニヤしながら読んでいます。


そして最後に
③アタゴオルは猫の森16~18 ますむらひろし(著)

51RXY1mx4oL__SL500_AA300_.jpg


同年代ならたぶんご存知?ますむらひろし氏の、アタゴオルシリーズの最新刊です。

子どものころから、アタゴオル、大好きです。
ちなみに、わたしは、<パンツ>のファン。

たくさん、アタゴオルのシリーズは出ていますが、いつも、その不思議な世界に魅了されます。

行ってみたいなアタゴオル。
アタゴオルの世界だったら、ポロやニケやぷーちゃんとお話できるんだろうな~。
喋ったら、どんなキャラなのかしら?想像と全然違ったりしてね(笑

みっしょん

 20, 2012 08:14
まんまと、インフルエンザに感染しました。

そんな予感はしてたんですよね。
夫がインフルエンザを発症した翌日くらいから、なんとなく、喉が痛かった。
それは、もしかしたら風邪だったのかもしれないけど、抵抗力も下がっていたんだろうなぁ。

金曜日、朝一で福祉事務所に連絡を入れ、息子の避難のため、ショートステイの緊急枠が空いていないかを確認してもらった。
うちは、平日はみっちりヘルパーさんが入ってくれているのだけど、土日は基本なしなので、土日分のヘルパーさんを手配してもらうことも考えて、ヘルパーさんにメールをしてあったのだけど、それも大変だなぁと思ったし、やっぱり何より、息子と夫を離しておきたい気持ちもあったから、ショートステイの方がいいのかなぁと。

福祉事務所に電話を入れると、うちの担当のA川さんは留守で、以前、担当してもらったことがあった、Wさんが電話に出てくれて、「あーん。Wさん~!パパがインフルエンザに感染しちゃって、景を緊急枠に入れられないかの確認なんですけどー」と言うと、あらあら大変!って感じで、すぐに確認をとって手配してくれた。

運良く、空きがあったので、すぐにでも、引き離した方がいいだろうってことで、土日だけのつもりだったけど、今日から、通所の帰りから、月曜の通所の送り出しまで預かってもらえることとなった。
通所の方にも連絡を入れてくれて、バスの変更もすぐにしてもらえることになったので、わたしは急いで息子の荷物を作って、息子の到着時間にあわせて、ショートステイ先のホームに出かけた。

車で、約20分ほど。

急なお泊りなので、息子の気持ちの整理もついていないだろうと思い、ご機嫌取り用に、コンビニでポケモンカードを買っておいた。

息子に会うと、やはりちょっと微妙な顔つきをしていて、何度も、「パパ、インフルエンザなの?ボク、お泊りするんだよね?げつようび、かえるんだよね?」と言うので、「そうだよ。がんばってね。うつると困るからね。」といって納得させて、ポケモンカードをあげると、ちょっと嬉しそうな顔をして「これ、どうしたの~?」と聞く。
「景が、がんばるからご褒美だよー」と言うと、また、嬉しそうな顔をして「コンビニで買ったの?」

まぁ、プレゼント作戦は成功だったかな?


その後、車椅子の調整の話や、日ごろの体位の話をヘルパーさんと打ち合わせて、よろしくお願いしますと、息子の頭にキスをして「またね、ミクシー書いてね」と言って部屋を出ると、ダイニングルームにいた職員さんが、「明日は、景史くんと一緒に、ピザを作りますよ!」と声をかけてくれた。
このホームでは、月に一度、大きな食事会のようなことをするのだけど、明日がその日で、メニューはピザのようだ。
「ありがとうございます。喜びます!」と答えた。

家に戻る途中、車の中で、何度か咳が出た。

息子を預けて、ほっと一安心して、「月曜日の夕方に戻ってくるからさ、一応念のために、月曜日の夜の就寝介助をS井さん(ヘルパーさん)に頼んでおくよ」と夫に伝えると、「うん、頼むよ。火曜日くらいから会社にもいけそう出し」
「そうだね。熱が下がっても、3、4日は保菌状態みたいだから、ちょうど火曜日くらいにOKだね。まぁ、なんとかなるかな」

と、思ったのは甘かった。

その夜から、どうも、体の関節が、特に膝と足首の関節が、妙にだるい。
だるいなぁ・・・と、思っていると、咳も出る。喉も痛い。
その後、手首と肘の関節もだる~くなってくる。

これ・・熱でるかも??
そう思って、測って見ると、もう出てて、熱は37,7度だった。

やっば・・・うつったかも・・・。

予防接種はもちろんしてあるけど、夫も、それでも移ってきたし、なんだかんだ、夫の世話で、一番近くにいたのはわたしだもんなぁ・・。

翌朝、薬を変えてもらうと夫が言うので、一緒にわたしの主治医のところへ行った。
すぐに検査をして、「ご主人と一緒ですね。A型のインフルエンザです」と告げられた。

「ご主人と同じお薬にしますか?」と聞いてきたので、漢方はいやだったので「いや、早く治したいです!」と答えると「じゃぁ、タミフルに抵抗があるようなら・・こっちにしましょう」と、<イナビル>という薬を処方してくれた。

イナビルは2010年の秋頃に発売された、インフルエンザの新薬で、吸入タイプ。
薬を吸入して、ウイルスの増殖を抑える薬なので、発症後48時間以内の吸入に効果があるという。
一度きりの吸入で済むので、楽だと思う。
味は微妙にまずい。耐えられないほどではないけど。

「月曜日には、楽になってると思いますよ」と主治医が言うので、それを信じて横になる。
熱は8度を超えて、とにかく寒くて仕方が無い。
ふとんにもぐって、がたがたふるえて、「ゆたんぽが欲しいなぁ・・」って考えていた。

夫が寝込んでいたときは、「さむいさむい」と言うので、ゆたんぽと、氷枕にお湯を入れたものを持っていってあげたのに!
やっぱり、夫に、そこまで期待するのは無理がある??気が利かないよねぇ・・・。
自分でやるか?だけど、寒すぎて、動けない。
震えながら、いつのまにか眠りに落ちて、目が覚めたら、汗でぐっしょりになっていた。
寝ている間に、高熱におそわれていたんだろう。

目が覚めると、汗はかいていたけど、少しだけ気分は良かった。
いそいで着替えて、ともかく食べる。
なんか、異常に食欲だけはあって、一日中、とにかく食べる。
コレが良かったのか、薬もうまく効いたのか、体はどんどん楽になって、熱はもう7度チョットくらいで、後は咳と喉の痛み、それから鼻水だけになってくれた。

今朝は、昨日よりも、鼻の通りが良いように思う。
咳は出るけど、喉の痛みは昨日より和らいでいる。
熱は7度無いくらい。
あと3,4日で移す心配も無くなるだろう。

しかしだ。

今日、息子が帰ってきてしまう。
緊急入所は、3泊までと決まっているからだ。


夫も完全じゃないけど、わたしはまだ、あるく病原菌だ。

ともかく、息子が帰ってくることを、阻止しなくては!

息子はショックだろうが、これはもう、仕方が無い。
幸い、わたしも夫も軽く済んだけれど、息子が軽く済む保証はないのだから。
インフルエンザは本当に怖い。
なめちゃダメですよ。
わたしの友達は、インフルエンザで、幼かった子を亡くしている。



そこで、みっしょん!

空いているショートステイを探すこと。
空きが無ければ、緊急がまた使えるかの確認。
それが無理なら、何か手段は無いか聞いてみる。
何もなければ、夫の知り合いの病院に頼み込んで、緊急入院させる!

ともかく、今週半ばまで、どんな手を使っても、家の敷居はまたがせませんよー!

インフルエンザ来襲

 17, 2012 00:06
バレンタインの夜、夫が「今日は食べ過ぎた・・気持ち悪い・・」とか言い出したんですよ。

聞けば、昼の3時過ぎに天ぷらそばを食べて、夜はステーキを200gくらいとか。
そりゃ、胸焼けだわ。と、言うことで、胃腸薬を飲んだんですが、治まらないってことで、その後、ガスター10を飲ませたんですよね。

それでも暫く唸っていまして、「こんなに気持ち悪いの初めてだ・・」と言うので、よくよく話を聞くと、逆流性胃腸炎の症状に似ている。
わたしは、それがあったので、半年くらい投薬治療して良くなったので、「逆流性胃腸炎かもよー。病院で診て貰ったら?」なんて言ってたんですよね。

そして翌日。

調子はどう?と聞くも、やはり不調のようで、「なんだか、熱があるような気がする」と。

しかし、うちの夫は、大変大げさなひとなので、いつもいつも「熱っぽい・・」と言って測ると、だいたい36度2分くらいなんですよ。
だから「はいはい」って感じで流してたんですが、珍しく37度ある。

まぁ、わたし、普段から微熱体質で、しょっちゅう37度台なんてだしてますから、「それくらい、なんだ」って本当は思ってましたけど、辛そうなので、「仕事休めないの~?」なんて言って見たりしてたんですよね。

どこの家庭の「お父さん」も、きっとそうでしょうが「休めないよ。今日は打ち合わせもあるし・・」と、いつものように、「休めない」宣言をしていたので、「あのね、休もうと思って休めないことはないんだよ?本当に大変な事態だったら休むでしょ?それで、なんとかなるもんでしょ?休めないと思ってるのは、心の問題なんだよ!」と言うと「精神論なのかよ」

結局、「少しだけ寝る・・」と寝室に戻っていって、1時間後、「やっぱりダメだ・・・」と、仕事のアポイントをキャンセルする電話を入れていました。

そこで思ったんですよ。「これは、相当ひどいかもしれない」と。

ホントに、仕事を休まない人なんでねぇ。

結局1日、眠って過ごして、ただ、食欲だけは落ちていないようだったので、食べて、寝てを繰り返し、熱は、38度5分まで上がりました。
熱に弱いひとなので、本当に苦しそう。
「明日も熱が引かなかったら、病院いきなよね」と言うと「うん。でも、たぶんもう、明日には下がってると思う」と。
なんか、あげたロキソニンがうまく解熱をしてくれたみたいで、夜中はちょっと良さそうだったんですよね。

しかし、今日になって、やっぱりまた熱は上がり、やっぱり病院に行こうと。
そこで、わたしの主治医の所が、呼吸器も得意なので、連れて行くことにしました。(夫は気管支が弱いので、風邪をひくと気管支炎になりやすいので)

病院の中に入るのはイヤなので車の中で待っていると、数分して夫が病院から出てきて、わたしの顔を見て、「はぁ・・」って顔をして「インフルエンザだってー」

えええええ。

予防接種もしてあったのにー!

「うん。予防接種してあるから、軽く済むだろうって。タミフルと漢方薬、どっちがいいか聞かれたから、タミフルはイヤなんで、漢方にしてもらった」

そ・・そ・・・それはいいけど・・・。

うちは、インフルエンザの持ち込み禁止なのよーーー!!


まぁ、かかっちゃったもんは仕方が無いですが・・・・。


インフルエンザは、わたしと息子が移るとヤバイんですよ。
ふたりとも免疫力が低いから、重症化しやすいので・・・。


さっそく家に帰って、夫を隔離です。

「なんとかすれば、ここで眠れるかなぁ・・」と、狭い自室を片付けて、そこにお布団を敷いて眠ってもらうことにしました。

「この部屋から出ないでね」
「うん。食事はどうしたらいいの?」
「ここに持ってくるので、ここで食べてください」
「わかった」

それから、すぐに薬局に行って、クレベリンゲルを、各部屋分買ってきました。
先日、薬局でそれを見て、1個購入してリビングにおいてあったんですが、ウイルスなどの除菌をしてくれるとのことで、インフルエンザウイルスにも効きますよと、薬局の方が言っていたので。
ちょっとにおいは独特なんですが(近づくと匂う程度だけど)、ウイルスに感染するよりはマシ!

そしてさらに、ヘルパーさんにメールをして、明日の朝の起床介助と週末の介助の都合がつくかお伺いをたてました。
とにかく!息子への接触は厳禁ですからね。

本当なら、夫に入院してもらうか、息子をどこか、ショートステイなどに預けて離すのが一番いいんですけどねぇ・・。
これも、明日、福祉事務所に電話して、検討してもらわないとだ。

部屋を加湿して、食事を作って、子どもたちに食べさせて、夫の部屋に食事を運んで。
夫が使った食器は、熱湯消毒して・・。
お茶やアルカリイオン水を夫の所へ運び、ビタミンも摂った方がいいだろうと、イチゴも運び、そんなことをしながら「もしもこれがわたしだったら・・」と考えていました。

もしも、わたしがインフルエンザで倒れていたら・・

夫は、ここまでしてくれるだろうか?




・・・・・。


きっと、「ごめんな。ごめんな。何かあったら電話してね」とか言いながら、仕事にいくに違いないっ!

ひどい夫だ・・・!!!


想像だけで、ひどいと決め付けられる夫。お気の毒だわ。


しかしまぁ~。本当に参りました。
インフルエンザには、すごく気をつけていたんだけどなぁ・・・。

WHAT'S NEW?