日本人なのにだのに

 31, 2013 16:58
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しあわせそうなしおちゃん。


わけあって、今、折り紙で鶴を折っております。

夕霧さんのブログで知ったのですが、にゃんだーガードさんと言う、福島で活動されている猫ボラさんの団体さんの、隊長さんのとても親しいお友達が、すい臓がんを患い、余命宣告をされたそうです。

その方のために、何か出来ることはないだろうかと考えられた隊長さんが、祈るしか出来ないから、折鶴を10万羽おってやれ!と思ったらしく、そのプロジェクトにささやかながら参加させていただくことにしました。

わたし、超がつくほどの不器用な人間なんですけどね・・・。
器用器用といわれる日本人なのに・・。
やっぱり、どこか南の血が混ざってるんでしょうか・・・?


それで、こんなことをいうと、ひどい人間だと思われるかもしれませんが・・。

わたし、昔から、千羽鶴とかに対して、あまり良い感情を持ってなかったんですよ。

なんていうのかなぁ。

そんなことして、何になるの?みたいな感じで。

小学校の頃とか、「お友達の○○ちゃんが入院したので、みんなで千羽鶴を折りましょう!」とかセンセイや学級委員とかに言われると、「はぁ?」って思ってるクチだったんです。可愛くないですね。
そういうのが抜けきらないまま大人になってしまった。

でも。

自分にとても大切なものが出来て、守るものが出来て、息子の病気のことがあったり、息子の大事な友達を亡くしたり、タキが逝ってしまったり、大きな震災があったり、その中で失われた命のことや、残された動物たちのことを思うようになって、何も出来ない自分。と、言うものを深く考えるようになって・・。
とにかく、自分に出来ることは、惜しまずやるべきなんだってことに気づかされて。

祈ること、思いを伝えること、誰かの悲しみに寄り添うこと、笑顔が見れて嬉しいと思うこと。

そういうことをね、思うと、「ナンになるの?」じゃないんだよ。って、思いましたね。


そのひとのために祈るし、そのひとだけじゃなく、同じように苦しんでいるひとのために祈るし。

今、末期がんで闘っているうちの叔父のことや、同じ病に苦しむお友達のママちゃんのことだとか、そういう人たちへの祈りと思いも一緒に折っちゃおうと思って。

主旨とずれちゃってるかもしれないけど、わたしはわたしの想いをのせて。



それと、以前から、書こう書こうと思っていたのだけど、上手く書くことが出来ないでいたことがありました。

がんペプチドワクチンについてです。

また後日、きっちり勉強しなおして、考えをまとめて書くことと思いますが、今回は、少しご紹介を。


巷で話題になったりしているので、ご存知の方も多いと思いますが、それでもまだまだあまり知られていないかもしれないです。

この、がんペプチドワクチン。
次世代ワクチンと呼ばれ、副作用が従来のがんの治療薬と比べてとても少ないことが特徴的だと思います。

ペプチドと呼ばれるたんぱく質で免疫力をあげ、がんに対抗することを目的としていて、注射でペプチドを投与します。
見られる副作用としては、接種部分が赤く腫れたり、湿疹が出たり、発熱やだるさなどが起こることがあるようですが、現在のところ、抗がん剤のようなひどい副作用は無いようです。

がんの治療を体験された方には、たとえ再発しても、あの苦しい治療はもうしたくない。と考える方もいらっしゃるのではないでしょうか?
それほど、現在の治療法は過酷だと思われますので、その治療の苦しみが殆ど無いのならば、それだけでも試してみる価値は、個人的にあると思います。

現在まだ、治験の段階にあるので、すべての方がこの治療を受けることは出来ません。
治験を受けるためには、いくつかの条件があります。
抗がん剤などの現在ある治療法で手を尽くして、それでも良い結果が得られなかったことなども条件のひとつです。
それから、酷なことではありますが、治験ということもあり、その有効性の証明のため、偽薬が投与される場合があります。
これは、患者本人はもちろん、医師もその薬が本物か偽物か知るすべはありません。

現在、治験をおこなっている「がん」の種類はまだ少なく、すい臓がん、肺がん、悪性脳腫瘍、前立腺がん、胆道がん、ぼうこうがん、食道がん、大腸がん、肝臓がん、などのようです。
治験の進み方も様々で、すい臓がんと肺がんが、治験の第三相に入っているようで、この第三相が終了し有効性が認められれば、新薬として申請することができます。

がんペプチドワクチン。
世界中で注目され、研究が進んでいます。

このワクチンの有効性が証明され、ひとりでも多くの患者さんが救われることを願います。


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あがる↑↑

 29, 2013 21:42
先日夫が、高校時代の同窓会に出てきたんですよー。

30数年ぶりに会う顔もたくさんいたようで、本当に楽しい1日だったようです。

だけど、帰宅した夫が、なんか異臭を放ってるんですよ・・・。

うちの夫って、普段わりと体臭の無い方なので、臭いを気にしたことがなかったんですね。
でも、すごい臭いで帰ってきたんです・・。

「くさっ。何?なんの臭い??タバコ?お酒・・?いや、もっとなにか違う臭いが混ざってる!!」


あれですかね。
これが、加齢臭・・・・・?


もしかしてこれが、加齢臭?!



世の奥様方が、臭い臭いというわけですよ・・。ホント臭い・・。

「あぁ、みんなでもう、抱き合ったりしてたからなっ!」


恐るべし加齢臭・・。


まぁ、50過ぎのおっさんたちが集って、飲んで飲んで吸って吸っての中ですからねぇ。
仕方が無いと言えばそうですが、そばに寄れないくらい臭いのってどうよ。どうなのよ。



それで、夫の高校時代の親友が、今回参加していたようで、夫が会場に到着すると、そのK籐君が「夫くん!こっちこっち!隣の席取って置いたから!!」と夫を招き寄せたんだそうで、それから3次会までずーっと一緒に喋って笑って過ごしたんだそうですよ。

良かったね~^-^
なんてニコニコしながら、その話しを聞いていたんですけど、夫が「あ、写真あるよ、見る?」とスマホを取り出して見せてくれたんですよ。

まぁ、ぶっちゃけ、50男の写真とか見せられてもねぇ・・・。
加齢臭軍団の一人でしょ~?

って、思っていたんです。





が!!!





K籐君。



超カッコいいの!!!!!!




なにこれーーー。
なにこのひとーーーー。



「か・・・・かっこいい・・・・・・・・」

「だろー?若い頃は自称デビッドボウイだったんだぜ(笑」

「わかるわーーーーーーーーーー」


なんていうか、ちょっと居ないタイプの良い男。
単純なハンサムじゃないのよ。

別に特別美形ってわけでもないのよ(ハンサムだけど)。

でも、なんか、すごくカッコいいの!
ちょっと色気があって、おしゃれな感じがすごくして、少しヤンチャだけど上品。みたいな!


あがるわーーーーーー。

自分のモンでもないのに、あがるわーーーーーー。


良い男は、世界の宝だよね!



わたし、自分の夫のこと、「割と若く見えるし、おしゃれだし、まぁまぁカッコいい方だよね♪」って思ってたんですけど、K籐君見た後に、夫見たら、ただのおっさんだったわ!


おそろしいわねぇ。
比較対象があるっていうのは・・・。


しかもK籐君、今、単身赴任中らしいんですよ(猫を2匹赴任先で飼っているとのことで、そこも高ポイント 笑)

やばいんじゃない?

こんな良い男が、野放しになってるなんて、ヤバイんじゃない?!

女が放っておかないんじゃないっ?!


と、人の夫のことで、やきもきしちゃうわたしでした(笑


あー、でもほんと。
久しぶりに良いモン見たわぁ。




オレよりイイ男だったのかぃ?
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まぁ、違うタイプのね(笑




寿命が延びたわ。


夢くらい見させてよ

 27, 2013 23:41
先日、「もしも宝くじに当たったら」という妄想を楽しんでいたんですよ。
一応、設定額としましては、6億円なんですけどね。

でも、案外6億も使い道って無いもんだな~って、庶民まるだしの感性であれやこれや考えていたんですけど、やっぱりとりあえず、家のローンを完済するでしょう~?とか思うわけじゃないですか。
借金の無い暮らしがしてみたいとか、思うわけですよ。

で、でも完済してもまだまだ余るしぃ。
じゃぁ、もう一軒家を買っちゃう?とか思ったんですよ。
「大きな買い物」って、家くらいしか思いつかない貧民なんですよ(。´Д⊂) ウワァァァン!!


まぁ、そんなことで、ネット不動産めぐりをして遊んでたんですよね。
わたし、ヒマなのか?

いろんな条件を設定して、たとえば~、100㎡以上で~、マンションで~、○○区と、××区とかで~、ペット飼育可で~とかね。
そして、「部屋が広い順」で表示してもらい、「どれどれ」と見ていたらですよ。



六本木ヒルズの300㎡以上のお部屋は、8億円するらしいですよ!


6億円あっても買えないらしいですよ!!


ってことで、妄想終了。



世の中、6億円ぽっちじゃ、おかねもちとは言わないのですね。
勉強になりました。



夢もみれんのか(。´Д⊂) ウワァァァン!!



勝手にコラボ

 17, 2013 02:23
余談ですが、息子のことを書く時、カテゴリ、ジャンル、テーマを選ぶんですが、いつまでも、ジャンル「育児」でいいのか悩みます。

さて、今日は息子の話しです。

先日、ブロ友さんであるtomotanさんが、息子と筋ジストロフィーのことなどをご自身のブログで紹介して下さいました。

読んでみて、我がことながら、涙ぐむバカ親です(笑

すぐに、コメントを書こうと思ったのですが、他の方のコメントを読んだりしているうちに、なんだかものすごい長文になってしまう予感がしたので、これはコメントの代わりに、自分のブログを綴ろうと思いまして、今日の日記に至りました。


ところで、tomotanさんとの出会いですが、わたしがブログをはじめたばかりの頃、自分のブログがどのくらいの順位にいるのか見るシステムがありまして、そこで、「ご近所順位」の方のブログを回って見ていたときに、tomotanさんのブログにたどり着きました。

tomotanさんは、以前に乳がんを経験されていて、そのときの体験などが書かれていて、その体験自体もとても胸をうつものがあったのですが、闘病中のtomotanさんと、そのご主人の関わりがとても素晴らしくて、「なんて素敵なご夫婦なんだろう!」って思って、すぐにコメントを入れてさせていただいたのが始まりでした。

tomotanさんは今現在も、乳がんのことを詳しく書いておられて、とても勉強になったし、いろいろと考えさせられることもありました。
そして、tomotanさんを始め、がんを経験したひとたちの気持ちをもっと理解したいと思い、自分なりに調べたり、本を読んだり、TVを見たりしました。
でもそれはやはり単純なことではなくて、今もわたしは、生まれるということと、生きるということと、死ぬということの迷宮にいます。

でもこれは、がんと言う病気と触れる前から、わたしの中にあったテーマだと思います。



さて、わたしの息子のことに話しを戻しましょう。


以前からこのブログをご覧の方々はご存知のことと思いますが、わたしの息子、景史は、福山型筋ジストロフィーと言う病気を持っています。

これは遺伝による病気です。

福山型筋ジストロフィーは、はるか弥生時代の頃に、ひとりのひとの遺伝子の突然変異により、多く広まったと考えられており、日本国外ではほとんど見られることが無く、日本人の90人に1人の割合で、その遺伝子を保有していると言われています。
(つまり、夫とわたしは、はるか遠い先祖が一緒だったんですね。不思議な縁です。)


妻と夫、保因者同士の出産で、福山型筋ジストロフィーを発症する子が生まれる確率は、毎回の妊娠で4分の1あります。
図に表すと

妻○× ---- 夫○×
         l
-------------------------
l      l      l      l
子○○ 子○× 子○× 子××

こんな感じで、福山の遺伝子を持っていない子、保因者となる子、発症する子が生まれます。

まぁ、小難しい話しはおいといて(笑

簡単に、どんな病気かと言いますと、筋肉の膜を繋いだり守ったりするものを作る力が弱いため、筋肉が壊れてしまうという病気です。

筋力が弱いため、生まれた頃は哺乳力が弱かったり、首がなかなか坐らなかったりすることも多く、生後数ヶ月のうちに、「なんとなく、そうかも」という診断が下り、詳しい検査を経て、確定診断が行われることが多いのだと思います。

まぁ、うちの息子が、この病気であることが分かったのは、20年も前のことなので、今はどうなっているかわからないですが、そんなに変わらないんじゃないかと。

そもそも、この病気が「発見」されたのも、そんなに遠い過去ではなく、40年くらい前だったら、違う病名(たとえば脳性まひなどの病名)がつけられていたようです。
全然症状は違うんですけどね、いろいろ分からなかったんですよ。

それで、生まれてから暫くの間、成長期と呼ばれる時代は、筋肉が壊れる速度と筋肉が作られる速度の兼ね合いで、個人差はありますが、ある程度の成長が認められます。
息子も、ゆっくりでしたが、首を支えられるようになり、1歳頃には、手で支えながらのお座りもできるようになりました。
3歳くらいでは、「いざり」と言って、お尻をすべらせて、移動することも出来ていました。
小学校に上がる前には、電動の車椅子を作って、それを上手に操作して動き回ることもできました。
お皿の食べ物を口に入れたり、コップを持って飲み物を飲むことも出来ていました。
多くの、おかあさん、おとうさんが子どもに教え込む「芸」として、「○○ちゃーん」と呼んで、子どもが「ハーイ!」と手をあげるってやつ。
それも上手に出来ていました^-^

本当に、本当に、天使みたいに可愛い子でした(ハイ、得意の親ばか出ました 笑)

しかしやがて、それは徐々に、とても緩やかにですが、確実に、失われていきました。

筋肉が壊れる速度が、作られる速度よりも、どんどん上回ってきたわけです。


支えなしで座る事が出来なくなり、スプーンを持った手は口元まで上がらなくなり、首を支えることも出来なくなりました。

けれど、彼には才能があって、まだ動く指先で、上手にゲームをしたり、パソコンをしたりすることが出来ます。
動くことは不自由だけど、パソコンによって、彼の世界はとても広がりました。
いろんなものを見て、聞いて、ニュースなんかは、わたしより詳しいくらいです(笑


彼には、こうして生まれつきの障がいがありました。
それを知ったときは、本当に、毎日、泣いて、泣いて、泣き暮らしたものでしたが、彼を愛しく思うにつれ、時が過ぎるごとに、そしてたぶん、初めての「子育て」だったこともあって、いろいろと気になることはありましたが、「こういうものなんだ」と思うようになりました。

景史は、こういう子なんだ。って感じです。

ヤンチャな子がいたり、本を読むのが好きな子がいたりするわけで、それと同じような感覚で、「こういう子だ」って思いました。

たぶん、初めてお母さんになったひとと、同じように喜んだり、心配したりしたんだと思います。
何も特別じゃなくて、「マンマ」って言った!って喜んで、熱を出して心配したんです。

だから、わたしにとっては、子育ては子育て以上の何物でもありませんでした。

環境にも恵まれていたと思います。

夫は、仕事で忙しい毎日でしたが、家事や育児にも協力的でしたし、両家の父母もとても息子を愛して可愛がってくれましたし、友人も、近所のおばちゃんも、見知らぬ人も、みんな親切で優しかった。

息子に障がいがあって、いやな思いをしたことがほとんどありませんでした。

一度も、と、書こうとしたのですが、いやな思いとは違うんですが、娘が一度だけ、それによって一人の男の子から嫌がらせを受けたことがあったのを思い出し、そういえば、それがあったなぁと・・(笑

ですから、時々聞く、障がいを持った人に対する信じられない言動の話しを聞くと、今でもびっくりします。

tomotanさんのところのコメントで、車椅子に乗った方が、公共の場所や乗り物で嫌な思いをさせられたという話しを読んで、信じられないような思いでした。

うちは、大抵移動には自家用車を使いますが、時々、バスなどに乗ることがあります。
そんなときは、バスの運転手さんが、スロープを出してくれたり、椅子を畳んで車椅子のスペースを作ってくれたりするんですが、結構時間がかかるものなんですよ。

そんなとき、周りを見回すと、乗っていらっしゃるお客さんはみんな、「まぁ、感心なよく働く運転手さんねぇ」といった風に、暖かい視線でそれを見守っていて、これがノーマライゼーションとは違うと言ってしまえばそうなんですが、嫌な顔をしているひとを見た事がないんです。

tomotanさんはアメリカに住んでいらっしゃるので、そういうハンディキャップを持った人たちに対する態度は、すごく徹底して「普通」らしいですが、日本ではまだそこまで行っていないことは事実だと思います。
時々わたしも、車椅子を押して道を歩いていると、おばあちゃんやおじいちゃんの年代のひとに、「まぁ、大変ねぇ。偉いわ。がんばって」などと言われたりします。
こういうのはやっぱり「普通」とは違うと思うし、同情や哀れみなのかもしれないし、そういうのを嫌う人もいるとは思いますが、わたしは個人的に、イヤじゃないです。
そういう気持ちのあるひとが、見てくれる人が、結局支えてくれる人だったからです。

でも一度、家族でグアムに行ったとき、あんまりにもみんなが「普通」で、日本じゃ「何かあったら責任が取れませんから・・」とか言われそうな場面でも「何でもトライトライ!!」とか言ってくれて、それはそれで、とっても嬉しいことでした。
娘にも「世界はこんな感覚なんだよ」って教えてあげる、良い機会だったと思っています。

しかしやがて、「育児」は「介護」に変わり、負担は正直増えて行きました。

息子が成長するにつれ、わたしでは充分なケアが出来なくなっていき、寝不足の毎日が神経を病ませて、とうとうわたしは鬱になってしまいました。

何もしたくない、誰とも会いたくない、家に居たくない、息子の声を聞きたくない。
そんな日々がありました。

夫や、友人たちによって、わたしはそこから脱却することが出来ましたが、時々mixiなどで、同じ病気のお子さんを持つお母さんが、眠れなくてつらいと呟いているのを見ると、当時を思い出し、どうかすこし休んで、そしてどうか乗り越えて・・と、思います。

助けてくれる人が、近くに居るといいな・・と、思います。

わたしは、出来た母親ではないので、これは謙遜じゃなく。
寝不足でイライラすれば息子や娘や夫に当り散らしますし、息子が騒げば、「いい加減にしなさい!」と頭やお尻をはたくこともあります。
そして息子と喧嘩になって、夫から叱られるわけですが・・・。
「障がいを持った子を叩くなんて・・!」と、眉をひそめる方もいるかもしれませんが、「そんなら、うちの息子と一週間暮らしてみろ!こんちくしょー!」って思いますよ。ホントに・・・。

でも、反省します。(だって、一緒に21年暮らしている夫は、わたしの100倍根気強い)




福山型筋ジストロフィーは、今現在のところ、治療法はありません。
ただ、治療法の研究は進んでいて、2011年には、マウスでの実験が成功し、ほんの少し光が見えてきました。
その、ほんの少しが、どれほど大きなものだったか。

現状では、マウスの実験の成功なので、これが人に移行するには、たぶんかなりの時間がかかると思われます。
わたしは、最初、このニュースを読んだとき、泣いて喜びました。
今も、同じ気持ちであることに変わりはありませんが、たぶん、息子には間に合わないかもしれないです。

希望は捨てていませんが、過度な期待もしていません。
正直な気持ちです。

けれど、この治療法に関して、協力できることは、なんでもするつもりです。

いろんな方からお話しを聞くと、現在、うちの息子の年齢や、それ以上の年齢になっているお子さんをお持ちのご家族の中には、治療をしたくないという方もいらっしゃるようです。
福山型筋ジストロフィーの子の多くは、知的の障がいも抱えていることが多く、たとえ、筋肉の崩壊が止まったとしても、知的障がいは残るわけです。
もちろん、知的な障がいは、毎日の努力で、少しずつ成長はしますが、果たして、それがひとりで生きていくことが出来るほど成長するのか。という問題があるわけです。

親はどんどん高齢になり、子どもの寿命が延びれば、子どもよりも先に死んでしまうかもしれないわけです。
そして、残された障がいを持った子が、安全に暮らしていくことが出来る地盤が、日本ではまだまだなのです。

残しては逝けないという親心。
長生きして欲しいという親心。

その狭間で揺れながら、どちらかを選ぶのだとしたら・・。

わたしには、まだ答えは出ていませんが、治療をしないという選択をするのも否定できないのです。

しかし、以前、出生前診断のことがニュースで取り上げられたとき、ちょっとうろ覚えなのですが、イギリスだったか、海外での、ダウン症をもつお子さんの出生率が上がっているとのニュースを読みました。
それは、以前なら、出生前診断で、ダウン症などの可能性があると診断されると、多くの親御さんは堕胎を選んだそうなのですが、国がそういうハンディを持ったひとたちのための福祉などを充実さえたため、親御さんは安心してダウン症の可能性があっても子どもを産むことを選ぶひとが増えたためだと言う事でした。

せっかく授かったのなら産みたいと思うだろうし、産んだら、幸せに長く生きて欲しいと思うのは、とても自然なことですよね。

だから、もしもそうやって、安心できるシステムがあれば・・・。
そんな風に悩む人も減るのになぁと・・。

けれども、今現在は、まだそういう状況になく、とても残念です。



ただ、わたし個人は、同じ病気を持つ子たちのために、その未来のために、協力を惜しみません。


井戸を掘った人を忘れない。


わたしが、息子が歩いてきた道は、多くの障がいを持ったひとたち、それを支えてきたひとたちが、ひとつひとつ血と汗と涙をもって積み上げてきてくれた道です。
そのことに深く感謝しながら、わたしも、息子も、その礎のひとつになりたい。

そして、もうひとつ忘れてはいけないのは、この希望と未来のために、多くの動物たちが実験に使われたということです。
どんな薬を開発するのも、その尊い命の犠牲の上に成り立っています。

わたしは、みなさんご存知のように猫バカですから。
動物が大好きですから。
本当なら、こんなことには反対するべきなのかもしれませんが・・。
譲れなくて・・・。
ごめんなさい。



最後に、昔読んだ本の中に書いてあった言葉を思い出して書きます。


ハンディキャップとは、ゴルフのハンディキャップと同じ意味で、プレイが上手な人もヘタな人も、一緒にゲームを楽しむためのルールなんです。

おかあさんもうヘトヘト

 14, 2013 20:53
朝起きて、窓の外を見ると雨。
今日は予定が立て込んでいたので、せっせと支度をしていたら、ほんの1時間も経たない内に、窓の外は雪に変わっていた。

「雪だよーーー」と大きな声を出すと、娘と夫が「雪?うへぇ・・」って声を出す。

だって今日は、娘の成人式なんですよーー。

しかもね、今日から夫は出張で、そんなわけで息子をショートステイに預けなくちゃいけなくて、その支度にも追われてて、参ったなぁ・・とは思っていたんですが、娘が「まぁ、雨よりいいかな」と言ったので、「そうね、雪ならパッパって払えばいいしね」なんて言ってたんです。

が、しかし。

そんな甘い雪じゃなかった!

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まだ和やかムードのわたしたち。千歳船橋にある美容院LUXYにて。


東京にしては珍しく、まるで吹雪のように舞い散る雪。
娘を美容院に送り届けたときは、それほどでもなかったのに、どんどん勢いを増して、娘の支度が終わる頃には、かなりの積雪。
「足袋の足がつめたいよ~~」と泣きそうな娘を駅で見送って駐車場に向かった。

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もしかしたらヤバイかもと思い始めたわたしたち。


駐車場は一面の白!
自分が止めた位置の番号すら分からない始末。足で削ってようやく番号を探り当てた。

そりゃ、雪国の人たちから見たら、ささやかなもんなんでしょうが、雪に慣れていない東京。
もう、ひどいもんでしたよ。

夫が「大丈夫?景史送っていける?」と心配そうに何度も聞いて、「まぁ。。ゆっくり行くよ」と答えて、夫は空港に向かったのだけど、さて、駐車場を出ようとしたらさっそくすべる!道がすべる!

娘を見に来ていた母が「あたし、今のうちに帰ったほうがいいんじゃないかしら?」というので「そうかも・・」と答え母を車から降ろし、挨拶もそこそこに息子のショートステイ先へ車を・・・走らせた?

と、言っても、20キロ以上出すとハンドルが取られる。
とにかく「安全第一!」を目標に、ゆるゆる歩く早さで車を運転し、環八に出た。

環八では、デリバリーのバイクが目の前を「走って」いて、それがもう、見ていて怖いのなんのって、本当に「歩いた方が早いし安全だよ・・」と言いたくなるほど。
およそ10キロの速度で、ふらふらしているバイクの後をくっついて、わたしもブレーキに気をつけながら進んだ。
ちょっと踏むと、ギシギシギシと言いながらなかなか止まらない車。
うーん・・・さすがに怖い・・。

救急サイレンを何度も何度も聞きながら、ありえない場所に停まっている車を横目に見ながら、事故現場などを通り過ぎ、緊張はMAX。ハンドルを握る手とブレーキに添えた足に力がこもる。

うちの車のタイヤ、ノーマルなんですよ;;

それでも、ともかく息子を送り届けなきゃなんないので、ゆっくり慎重になんとかもうすぐ!ってところまできたら・・・。

坂道の頂上付近でバスが2台向かい合わせで立ち往生!
「げげげ、坂道で止まるなっ!!!!!」と思ったけれど、遅かった。
すっかり、前にも後ろにも進めない状況になり、わたしの車もすっかり止まってしまったのでした。

外にでて、傘でタイヤの下の雪をかく。
ちょっとずつ進んでは雪をかく。の繰り返し・・。

やっとバスの後ろまでたどり着けた~~~。と思ったら、対向車がやってきて、しかもわたしの真横に、停まってしまった車が放置されていて、まぁ、どちらさんも、にっちもさっちも行かない状態。

いろんなひとが車や家から出てきて、あーでもない、こーでもない。
「チョット前か後ろに進める?」とおじさんがわたしに聞いて、「あっ、ノーマルか><」とタイヤを見てがっくりうなだれる。

なんだかんだとみんなで力をあわせて、じゃぁ、あなたはこっち、あなたはあっちと振り分けて、わたしも、「どこに行きたいの?」と聞かれ「坂の上を右折したいんです」と答えると、「じゃぁ、バックして、ガソリンスタンドで切り替えして、あそこの消火栓見える?あそこを左折すれば道が合流するから、そっちの方がいいよ。のぼりじゃないから!」といわれ、車をぎゅうぎゅう押していただいて、なんとか消火栓までたどり着く。

消防栓を左折しようとすると、軽い傾斜があったようで、またもや立ち往生。
家の前の雪かきをしていたおじさんと、通行人の方が車を押してくださって、なんとか乗り上げた。
お礼を言おうとするわたしに「停まらないで!そのまま行きなさい!」「はいっ!!」車をやっとこ動かして、やっとの思いで目的地に到着することが出来た。

もう、HP残量0に限りなく近い。

息子は「ゆき、たいへんだったね~~」と喜んでるし・・・(涙

息子を預け、「今日、もうこれじゃ車で帰れないので、置いていっていいですか?」と聞いて、タクシーを呼ぼうと電話番号リストをお借りした。

が。

繋がらない。

捕まらないどころじゃない、まず電話が繋がらない。ずーーーっと話し中!


ですよねぇ?

こんな雪ですもんねぇ・・・?


結局、30分ほど待ってくれたら、帰宅する職員さんがいるので、車で送りますよと言っていただき、もう、お言葉に甘えまくり、お願いすることにした。


今日、生まれて初めて、スタッドレスタイヤに憧れを抱いた。


帰り道、環八の外回りが異常な渋滞になっていると聞き、職員さんが、「じゃぁ、用賀中町通りをいって、それから・・・」と、適切な指示をして、渋滞無しで家にたどり着くことができました。
すごいな~~。頭の中にナビがある!(これは前々からの憧れ)

帰宅後、夫に「なんとか帰れた~~」とメール。
夫も、成田エクスプレスが止まって大変だったけど、なんとか空港にたどり着き、飛行機は問題なく飛ぶらしいとのことで、出張に旅立って行った。

雪は雨に変わって、今、ようやく止んでくれたらしい。

明日、車を引き取りにいかないといけないけど、きっと道路が凍ってるんだろうなぁ;
またまたゆっくり慎重に作戦でいかないとだ。

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雪が止んだ頃の環八。交通量の多い環状線でもこんなに真っ白でした。


しかし、今日思ったけど、本当に多くのひとは、優しくて親切だなぁ。
当たり前みたいに、みんないろんな人の車を押したりしてお手伝いしてさ。
わたしも、小さな親切を心がけるようにして生きていこう!

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